新短歌選集より
福田廣宣が偏した下記3つの新短歌選集における編者の作品を掲載
昭和新短歌選集続・昭和新短歌選集
平成新短歌選集
不適切な表現も見られるが著者の原作のまま掲載しました。
昭和新短歌選集
還暦を迎えた妻よ 無償の愛を注ぎつづけた 悲しいまでの連なり |
ある日お金を貸すというた その日はお金は無いというた カメレオン科の銀行! |
私物を整理すれば独りぼっちとなる 会社が背を向けてどんどん逃げていく |
きゅるる きゅるり きゅりり 硝子を磨いた 秋を磨いた |
妻とふたり入る小さな死の家を買おう 半坪の地下室に新短歌名作集を抱いて眠ろう |
セールス海峡には海賊の島があるらしい 手形をぱくりとると沖の方へ逃げていく |
冷たく窓を閉めたビル群 トラブルに疲れてそこまでを歩けば 淡い夕月 |
戦地の夕暮れはラッパからくる 匪賊がいるという山の赤い夕映え (中支) |
その時は美しく死ねると思う 椰子林の上斜めに出ている南十字星 (ラバウル) |
続・昭和新短歌選集
平目よりも薄っぺらな奴 電卓は電池から滋養をとって生きている |
永い勤めの判子もちびた 仕事をしたいというよりは辛抱しました |
甲羅をゆすらせて河童が笑った 叙勲とて人間の品定めをしている |
兵の日は消しても消えぬ 雲海を飛べばおんぼろの輸送船がついてくる |
シャンゼリゼを走れば近づく凱旋門 楷書で書いた門という字だ |
思い切り生け垣の裾をカットしていく きれいな襟足のあの時のひと |
びっしり花を付けた雪柳 風に吹かれて らりるれろ |
きょう原爆忌 シマシマシマシマヒロシマヒロシマ 蝉啼きしきる |
乙女の髪に朝の光はやわらかく 電車は秋の方へと流れる |
愛するとも出て行けとも妻には言ったことはない 夏の夕遠雷が鳴る |
今日も牝河童に叱られる 電気消すのをついつい忘れる老河童 |
従軍六年死にそこねた こんどは新短歌で名誉の戦士をせねばなるまい |
スポーツウエアの好きな年金男 自由という名の海月かもしれぬ |
平成新短歌選集
ラバウルの一兵老いて年金暮らし 両手にあまる菊が咲いたぞ |
鯉のぼりの季節 青い風に郊外電車も膨らんで走る |
二人暮らしの表札もかすれた或る時子等も遠のいていく |
終戦を迎えたラバウルの空は掌を合わせたいほど青く澄んでいた |
8020は歯のキャンペーン なぜかわたしは8030 |
ABCどの子の世話になったものか 切り札の娘をもたぬトランプ占い |
草を引いていて蘇る悔しさ 恩返ししたい一家は原爆で消えている (長崎) |
年金暮らしに上司はいないと思ったがいつか女房の指図がふえる |
慣れぬ手付きで鉋(かんな)をかける 五十年妻が刻んだ俎(まないた)のへこみ |
歯も枯れず杖もいらない八十歳 なお抱いているいくつかの夢 |
死が迫ったら素直に逝きたい管に繋がれての延命御無用に候 |
生セイセイセイセイセイセイ 死シシシシシシ 蝉啼きしきる原爆忌 |
その度に帽子が変わって雅子妃はだんだん遠くに行かれてしまう |
つけっ放しの電気は妻が消してきた 逝く時の眼も口も塞いで下され |
首相が五十年前を詫びて廻る わたしの軍旅六年は何であったか |
悩みも喜びも聞いてくれる 賞味期限のきれた僕にも土はやさしい |
一言多い妻と暮らして五十年 一言足りない亭主と相成り候 |
たった二十秒が一年分の仕事を残した 潰すか治すか 家をどうするか |
水のでない日が続く 罐ビールで歯みがきをすませ候 |
「細雪」の碑がひっくり返っている 潤一郎もさぞ驚いたことだろう |
明治四十五年型のオーバーホール あちこちのガタを見つけて下され |
故里は甘柿渋柿 町内に一人残った友を山麓に訪ねる |
近くにお出でと子等は言うけどここで生きたいここで死にたい |
ベランダに隣は狸こちらは河童 マンション暮らしが始まり候 |
追悼式 ベットの位置が違っていたら祭壇の方にいたかもしれぬ |
八月がくると終戦の日が軍旅六年をつれて雲から降りてくる |
新短歌に生きた自分を賞めて眠りたい 愚直な奴と人は言うても |
故里の山によく似た六甲山 北の眺めに死んだ父や母が出てくる |
木刀の素振り百本 剣道錬士の明治の男 平成の空を切りまくる |