目次

  第2歌集 セールス海峡
  第3歌集 マンモス曼陀羅
  第5歌集 しろがね峠
  不適切な表現も見られるが著者の原作のまま掲載しました。

第2歌集「セールス海峡」377首より

  [セールス海峡]  セールス海峡には海賊の島がある 手形をぱくりとると沖の方へ逃げていく
  [セールスジャングル]  冷たく窓を閉めたビル群 トラブルに疲れてそこまで歩けば 淡い夕月
  [不運の雪]  とつぜん不運の雪が振りだした 不渡りらしい セールスの傷口から赤い血が噴きだす
  [セールスアニマル]  決断ののろい客 粘液をのばして蝸牛を滑らせる 注文までのもどかしい道
  [セールス無頼]  天秤にかけられているらしい 揉手がいつか二つの拳となってくる
  [セールス濁流]  ビルのジャングルをさまよう 象の膚のようにこの都市は乾いている
  [セールス地獄]  もっと稼げ 帽子から物を出すような奇術を僕は知らないのです
  [セールスの業]  コンクリートジャングルを匍い廻る 胃の痛みは鉱物都市からくるらしい
  [商神と語る]  難航の商談がほぐれてくる 二匹の蛇の舌が唱える赤い呪文に
  [黒い鳥]  黒いコートに同じような仮面をのせてぞろぞろ流れる メガネが多いね
  [ビルに住む神]  稼げば微笑む 不調なら怒りだす 会社には移り気な神がいるらしい
  [現代の呪術]  ヒマラヤの上を飛ぶ二人の呪術師 アラビアの海図を拡げると油が噴き出てくる
  [ビジネス階段]  少年の日に庄屋の塀は重かった 今は組織の重さに耐えかねている
  [憤懣日誌]  トイレで会うてもニコリともせぬ重役 家に帰れば真っ先に犬に声をかける
  [ガラスの函]  ガラスの函に机と電話機と人間がばらまかれている 札束を積み上げろ
  [二つの時間]  夕刊を買う ビジネスの時間と訣れる 私の時間を積んで電車がやってきた
  [停年の歌]  髪は薄れ皺も刻まれた 御苦労というと会社はくるりと背を向けた
  [マネージャーの曼陀羅]  君は夜光蟲か 昼はかすんでいるが 酒が入ると妙に光りだす
  [裸木公園]  武蔵野の冬を集めた裸木の林 ひゅるひゅると口笛をふくのは小鴨か
  [桜花公園]  季節を破って桜が咲いた たまゆらの晴着の夫人らの饒舌!
  [星座公園]  星のランプが揺れる 消えそうになる灯 台風がそこまできている
  [秋冷公園]  白い公園 霧の中で鯉がはねた たどる記憶に落丁がある
  [臨泉亭覚書]  カステーラ色の林をくぐった 泉に手をひたせば白い掌も秋!
  [そろ(いぬしで)の林]  そろの林をさまよう 素敵な枝ぶり 盆栽を誰かがここにうつした
  [北国の旅愁]  流氷も消えて北国に遅い春がきている アイヌの住む国の湖の青さ
  [南国の旅愁]  水田は青い方眼紙 若い蛙らはいま恋愛に夢中です
  [紅葉列車]  鰯雲やら羊雲やら 秋は巧みにトランプをきった 紅葉列車をさがす(妙高)
  [デスカバー日本]  原子力発電所の地鎮祭 神主のノリトが核論文の上にこぼれる
  [赤い旅券]  赤い令状は死の旅券か 征かねばならぬ 戦死の美しい国へ
  [敵潜来襲]  甲板へ先を争い揉み合う兵達 タラップを?むまでの みんなの俺のもどかしい時間!
  [密林に病む]  チフスとの戦い 生と死の綱引き 生きているしるし熱をはかられる
  [地獄からきた兵隊]  飯盒だけ提げている 帯剣もない 湿気にふやけた傷だらけの両脚
  [独りの島]  戦いにとりのこされた島の夕ぐれ せめて一片の便りこぬかと立ちつくす
  [終戦の顔]  悲痛の顔がしだいにゆるみ 生きてかえれるぞとお互いの眼が語りだす
  [俘虜と言う名の]  ここから出れば射たれる 日暮れ 海を見たくて鉄条網によりそうた

第3歌集「マンモス曼陀羅」244首より

  [商社詠]   恐竜ほどに大きくなった商社 石油も飲む鉄もセメントも食べてしもう
  [銀行詠]   銀行の住むビルの冷たさ あれは権力に護られた自尊心からくるらしい
  [保険詠]   人海戦術の妖しさ 二十万人の外務員が一年たらずで消えていく
  [百貨店詠]   デパートは駅を睨んでいる 乗客が顧客に変るパーセントを数えているのだ
  [新聞詠]   何かが起るように新聞は書きたてる 何かが起ってないかとひらく新聞
  [国鉄詠]   錆だらけの国鉄のイメージの中をせめて爽やかに新幹線が走りぬけていく
  [教育詠]   君が代はスポーツの唄になり下って祝日の街に日の丸も見えぬ日本である
  [官僚詠]   大臣はシャッポさ 日本経済の貨車は俺がひっぱっている
  [税務詠]   源泉徴収という 俺よりも先に月給袋から金を抜きとる奴がいた
  [世論詠]   いびつな世論が駆けぬけるのでますます列島が弓なりに曲がる
  [生きる]   老のこだまか 移されるたびに 会社小そうなっていく
  [赤字工場]   組合もない春闘もない ひしゃげた小工場には旗日さえもない
  [飢餓工場]   出荷が落ちて原価がはねた その交叉点から激しくなった工場の出血
  [どん底工場]   妖しいまでの工場の静けさ どうにもならぬ市況の?みようもない焦り
  [踏絵]   資金とクビキリと引換えられた いまいましい帰り途 茜の地獄に差し向う
  [ミキサー車詠]  お前の胴は象よりも大きい 生コンを呑みこむと街のジャングルへ駆けていく
  [鍵と実印]  胴体に孔をあけられ 逃げないように鎖で繋がれている 鍵
  [新聞詠]  何かが起るように新聞は書きたてる 何かが起ってないかとひらく新聞
  [辞任詠]  不況の中に僕は宙づり 仏様 赤字まみれの会社に安楽死をください
  [緑風公園]  青いそよ風のころがる公園 眼鏡の玉も青く染まって
  [夏の少女]  荒い浜風 鍔広の帽子がフリスビーとなって飛んでいった
  [透明な秋]  きゅるる きゅるり きゅりり 硝子を磨いた 秋をみがいた
  [不機嫌な季節]  はげしい雨脚が跳ねてまるで白銀の線香花火だ 暴れる残り梅雨
  [奥高尾行]  耳朶にあふれるせせらぎの音 たのしい杖は樹の根っこや岩の背中を叩いていく
  [深川詠]  隅田川の夏風が吹きぬける深川なんだ 神輿が近づく 氏子に水をぶっかけてやれ
  [西国行]  稔りゆたかな穂波の拡がり 古里の連山は青くずっしりと重い(筑後)
  [小さなひと]  すねた子に夕ぐれがきた ブランコの風は母の声よりもやさしかった
  [珊瑚婚の旅]  珊瑚婚の旅に出た 会社をひかされた僕に白髪を染めた妻がよりそう

第4歌集「しろがね峠」306首より

  [僕の仲間]   比目魚よりも薄っぺらな奴 電車は電池から滋養をとって生きている
  [午前九時の人]   まっすぐ走ってるようだがぐるぐる廻っている 山の手線みたいな俺ではないか
  [臍の座]   若者の危うい仕事ぶりも知らんふり 老眼で見えまへんのや
  [判子もちびて]   永い勤めの判子もちびた 働いたというよりは辛抱をしました
  [勤めも消えて]   離職者となって三月目食パンを買いにいく仕事を一つもっている
  [勤めも消えて]   女房らに存分のお喋りさせるため公園にきて本を読んでいる
  [シルバーロード]   愛するとも出ていけとも言ったことはない 夏の夕遠雷が鳴る
  [四季]   逞しい新緑 五月は原稿用紙の弁にも青い光がたまる
  [鳥園]   フラミンゴの夢は軽いのでしょうか か細い一本足の眠り
  [動物園]   あの葉もあの葉も食べたくて キリンの首はあんなに伸びた
  [昆虫館]   バッタの顔を近づけてみたらこいつ怪獣アニメドラマに助演している
  [遊園地]   ベランダから電車に見入る子よ 走り去った空ろさが好きなのかもしれない
  [鳥鷺の争い]   そこだ そこへ打ちたかった 相手から先に打ちこまれてしまって
  [寒月院釈秀実]   浄土への白衣は寂しかろ 歌集『孤絶』を持たせてやりましょう
  [兵の日]   軍刀の派刃こぼれに残る大陸の悔恨 四十年を経ても今なお疼く
  [紙屑の出ない国]  紙屑の出ない国にきた 果物箱の陶器の獅子は口を開けている
  [楷書の門]  シャンゼリゼーを走れば近づく凱旋門 楷書で書いた門という字だ
  [廃鉱]  四十年ぶりの島を歩けば弾む思い出 抗口に空しく聳えている煙突!
  [流離]  思い切り生け垣の裾をカットしていく きれいな襟足のあの時のひと
  [地に花]  枝じゅうに花をつけた雪柳 風に吹かれてらりるれろ
  [前立腺異常あり]  はからずも前立腺から老いの宣告 クリの実がミカンほどに肥大していた
  [時の自由]  勤めの日には時の自由が欲しかった 今はでっかいそいつに戸惑うている
  [銀齢・金齢]  老斑の多い人やなと思い碁を打っている向こうもそう思ってるだろう
  [叱られ河童]  思い切り生け垣を刈る老河童 牝河童の減らず口も切り落としてる
  [泰平の国]  大臣たちしきりにアメリカに飛ぶ 昭和の参勤交替かもしれぬ
  [ラバウル手帳から]  ミクロネシア海の闇に妻子の顔がちらちらする 海すれすれの北斗七星
  [ラバウル収容所]  故里の顔ばかり夢に出てくる 流人となって迎えの船に待ちわびる
  [原爆忌]  原爆で消された方の古い賀状 一筆書きの鶴は今も生きている
  [敗戦の日]  ラバウルの一兵老いて 敗戦忌 菊を作っている

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